夜ってネガティブなことを考えると、

どんどん思考がネガティブになる。

 

夜はそういうもんだと誰かが言ってた。

だから、あまり考え込むのはやめなさいと。

 

小さい頃から怒ってそうな人がいると、言葉を交わさなくても、相手はきっと怒っているだろうと勝手に思い込む癖がある。

それで俺は萎縮し、頭が真っ白になり、体が動かなくなる。

どうしてその場をしのぐというと、

自尊心を傷つけて、自分が悪いんだと思い込んで無理やり納得させる。

 

頭痛いよ、これは。

 

今の俺でもバリバリある。このことは。

 

病気ではないかと思うくらい辛い。

 

もっと強く男らしく包容力のある男になりたいと、切に思う。

 

傷つくのが恐ろしい。ただそれだけか。

 

 

 

読んでいただきありがとうございます。

大人と子供

 

子供の時って、たいてい親から色々な助けを得て生きてる。

色々な物を与えてくれる。

自分が着る服を買ってくれたり、食事を用意して食べさせてくれたり。

何もかも与えてくれる。

 

大人は自分から他の誰かへ与える。

後輩に食事を奢ったり、自分の知識を他の人たちに教えたり。

もちろん大人は誰かに与えてくれることがあると思う。

けど、子供と違って大人は誰かから与えてもらうことに感謝しつつ、

今度は違う形で誰かに与える。

同じ人かもしれないし、違う人かもしれない。

 

友達が困ってる自分のことを助けてくれたら、今度は自分が友達のことを助ける。それだけじゃなくて、他にも困ってる人がいれば助ける。

ここで間違えてはいけないのが、見返りがあることを望んではいけないこと。

見返りばかり望んでいると目的が見返りに集中してしまって、本質的なことを見誤ってしまう。

あくまでも与えること。

自分が人に与えることができる人になること。

 

そんなかっこいい大人になりたい。

 

 

 

 

感性

 

感性が豊かだとか、素晴らしいとか、

逆に死んだとか。

感性に色々な形容詞をつけることがある。

 

感性ってなんだろう。

ってふと最近思った。

 

別に生きてるものでもないし、はたまた死ぬものでもないし。

 

感性って、元々人間に備わったもので、良くも悪くも自分の思い込みで見え方が変わる玉虫色のようなものだ。

 

脳科学者が、脳はだまされる。という。

 

同じように自分の思い込みで感性っていう玉虫色が自在に色彩変化を起こすもの。

 

良いようにも悪いようにもなる。

 

もし、他の人よりも感性が劣っていると自覚して自分は感性が豊かではないと思ったらそれは間違いだ。

それは勝手に思い込んでるだけ。

 

つか、考え過ぎだな。

人って良いことよりも悪いことばっっかりに目がいっちゃうんだよね。ほんとに。

だから自分が悪いことを認めたくないために、言い訳をしたりすれば、逆にそれが正しいという理由を探す。

そんで考えすぎる。

 

感性は元々良いものでそれが勝手な思い込みで自分の感性を殺してる人がいる。

それを繰り返してたら物事を暗い方にしか捉えられなくなる。

 

だから、勝手な思い込みで自分の感性を殺すようなことはしないで、物事を素直に綺麗な目で見れるようにすることが大事だな。

そうするとめっちゃ良い感性が活かせる。

 

読んでいただきありがとうございます!

のめり込む

 

やりたいこと。やりたくないこと。

2つある。

 

やりたいことはどんどんやってのめり込んでいく。

逆にやりたくないことをやるときは「頑張って」やる。

よくあるのが、嫌なことをやってると時間の進みが遅いということ。

やりたいことをやってる時って時間はあっという間。

まるで1時間が1秒のように。

僕は高校時代3年間ずっと授業が終わった後の部活の時間が大好きだった。

 

僕が所属してたのは軽音楽部で、1番初めはとても不安だった。

楽器全然できないけどできるのか。とか、先輩怖いのかなとか。

でも入ってみたら初めてのことがとても刺激的で、ワクワクしっぱなしだった。

そんなこんなであっという間に高校卒業して今に至る。

僕の高校3年間はあっという間だったなーと思う。

まあ、全部が全部楽しかったといえば違う。

嫌なことはもちろんあった。

でもそれを踏まえて楽しかったと言える高校3年間だった。

 

そんな風に時間って感じ方次第でこんなにも進むスピードが変わるんだなって思う。

嫌なことしてるときは時間がめーーっちゃ遅い。ありえないくらいに。笑

 

でも嫌だなって思う事の中に、少しでもワクワクできるようなことを見つけて取り組んでみることがとても大事だ。

そんな発想の転換っていうのが今の自分にとってまだまだ足りないなと自負するけど、必ずできる。

 

嫌なことは目を背けず、

発想の転換をしてのめり込む。

そうして続けていくともっとワクワクする出来事が起こるんじゃないかなーとまたワクワクする毎日です。笑

 

読んでいただきありがとうございます!

仕事の分割

何もかも自分1人でやろうとする。

他の人を頼らず1人で終始やろうとする。

 

これは自分1人でやらないといけない仕事ならいいけど、そうじゃない場合はどんどん他の人を頼って仕事をやったほうがいい。

いくつかやらなきゃいけないことが積んでる中、自分がやる仕事が減って、またさらにやりたいことができる。

 

こっちの方が良い。

 

何でもかんでも自分1人でやろうとすると、やたら時間がかかったり集中力が続かなかったりする。

言うと効率が悪い。

 

たしかに他の人と仕事を分割すると、自分が思ってるのと違うことをして失敗するかもしれない。

 

でも、同じ空間の中にいて一緒に仕事をしているのならそれはただの他人じゃなくて一緒に働く仲間なのだから頼るべきだ。

 

仲間と仕事を分割するときは多少の失敗ならすぐにフォローできる心構えで責任持ってお願いし、頼まれた側も責任を持って仕事をすれば仕事はどんどんはかどる。

相手に過剰な期待はせず、信じて頼めばきっと大丈夫だし、それが重なれば仲間同士信頼関係が硬くなっていく。

 

好循環。良き。笑

 

読んでいただきありがとうございました!

言い訳するな。責任を持て。

 

何か間違いをした時。

「いや、だって。」

「いや、でも。」

のように言い訳を考えることがある。

 

実際に僕の頭の中でよくあること。

 

これは、自分は悪くない。自分が責任を負うことへの恐れ。

自分が傷つくことから恐れてること。

 

失敗するとバンバン言い訳がでてくる。

 

そんな湧き出る言い訳を自分の理性でグッとこらえて、変なプライドとか取っ払ってただ一言「ごめんなさい。」といえるような人になりたいです。

 

そうやって自分の責任であることを認められる器の大きい人になりたいです。

 

読んでいただきありがとうございます!

名前を呼ぼう

 

 

自分のために他の人が何かしてくれた時、(その人の名前)さんありがとう!と言おう。

 

お礼を言うことも大事だけど、今は名前を呼ぶことについて焦点を当てて書きます!

 

みなさんは普段人の名前をどのくらい呼んでますか?

めっちゃ呼ぶ!って人もいれば、

中には、あ、、全然呼ばないかもと思う人いると思います。

今回は後者の人へのお話です。

 

他人が自分に何かしてくれた時、ただ単に「ありがとう」と言うことはよくある。

けど、そこで「(名前)さんありがとう!」って言ってる人を個人的にあんまり見なくなった気がする。

ただ毎回必要以上に名前を呼びまくるのはちょっと、お?って不自然になるかもしれない。

それでも名前を呼ぶことをあんまりしない人はいると思う。

 

はっきり名前を呼ばれると僕は嬉しい。

 

その場に同じ名前の人がいない限り、自分のことであって、認められてる感じがする。

 

たとえ自分に対してお互いほぼわかりあってても、名前を省略せずに名前を呼ぶことは必要だと思う。

 

名前呼ばれるって、なんか嬉しくないですか?笑

 

名前を呼ぶことを省略しちゃダメ!

そんなお話でした笑

 

読んでいただきありがとうございます!